作品名「原発シリーズ − 東海原子力発電所」 

作家名「越光桂子」

 

日本はついに軍事・民事の双方で原子力の犠牲国となりました。

2度にわたる原爆投下の悲劇も、原子力発電を推進する上で、大きくは影響しなかったのです。

核兵器の威力の大きさを知ったからこそ、その核エネルギーを手にしたい、日本の復興にはそれが不可欠である、という共有認識が原子力の推進・依存への原動力になったのでしょう。

1962年9月12日。東海村の日本原子力研究所でこの日、初の国産原子炉が臨界実験に成功しました。1986年に起こったチェルノブイリ原発事故以降の世界的新規稼動基数が停滞する中でも、日本はコンスタントに新設を続け、「原発大国」となったのです。

わずかなウランから巨大なエネルギーを生む原子力。東洋の資源小国は、経済成長の為に人間の手ではコントロール不可能なテクノロジーを頼ったのです。

当作品は、1982年から83年の東海原発の実際の稼働率データを絵画で表現したものです。総人口1300万人が住む東京からわずか120kmの距離に存在するこの原発で、発電と言う大義名分のもと、本来ならば生物の生活圏から完全に隔離しておかなければならない毒性の強い放射能物質を生み出す核分裂という営みが、日常的に行われている事の意味を、見る人々にもう一度立ち止まって考えてもらいたかったからです。

「越光さんはその写真を中心とする視覚表現によって、東洋と西洋、聖と俗、誕生と死などの二項対立をほのめかし、それから更にそのモダニティによってもたらされる巨大なリスク、環境破壊や放射能汚染を告発しようと試みている。」(日影弦:美術評論家)

ここニューヨークでも、市の中心部からわずか50kmのところにインディアン・ポイント原子力発電所が存在します。福島での事故の際、米政府は自国民向けに、半径80キロ圏内の避難を勧告しました。もし、同様の事態がインディアン・ポイント原発で発生した場合、ニューヨーク市のほぼ全域が避難地域に入ってしまう事になります。しかし、2000万人に及ぶニューヨーク大都市圏住民をまるごと避難させる事は果たして可能でしょうか?

この8月、ヨーロッパの市民団体であるECRR(欧州放射線リスク委員会)が今回の福島原発の放射能漏れにより、2061年までに、福島原発から200キロ圏内で約50万人が癌にかかるだろうという研究結果を発表しました。日本政府は信憑性なし、低線量被爆のリスク推定は科学的に困難としていますが、いずれにしても答えが出るのは10年後以降であり、結局最後に苦しむのは被害者たる国民、特に幼い人達なのです。

原発リスクの暴発という点では福島もチェルノブイリも変わりません。チェルノブイリは曲がりなりにも石棺に封じ込められましたが、福島では未だに放射性物質の流出が続いています。時間の経過とともに、放射能による史上最悪の海洋汚染、土壌汚染に発展する危険が全然封じられていないのが現実です。

そして今回の福島原発の事故では、日本の原発の「絶対安全神話」を一瞬にして吹き飛ばし、時の権力者により強弁と楽観で作り上げられた「原発安価神話」が虚構であったことも明らかになりました。

ここで、もう一度作品を眺めてください。
写真イメージを繰り返す手法を選んだのは、第二次世界大戦後の先進国に於ける大量生産・大量消費社会を象徴する為です。しかし、選択された写真イメージからは、大量消費し、豊かになっても尚逃げられない死の影を見出す事が出来るでしょう。画面中央の乳児、うな垂れる子供の姿、若い女性像は、放射能汚染の犠牲者を意味しています。ターゲットは幼い人達、そしてこれから子供を産むだろう若い女達です。画面の上下に羅列された無表情な若い男は、この過文明の中で生きる事を強いられている人類の不安と危機感を象徴しています。時の権力・国家又は一部の支配者により決定づけられ、押し付けられてきたものは何だったのか?そこには人類自らが作り出した核の恐怖に怯えながら生きなければならない新たなる抑圧があるのだと、そう訴えたくてこの作品を描いたのです。

日本の原子力発電所というのは、その産業そのものが巨大なシステムになっています。強固に作り上げられた原発をめぐる利権の構造は、やすやすとは崩れないでしょうし、世界最大級の福島の原発事故を受け、当原発から30キロ圏内の住民約53万人が避難勧告もしくは自主避難を強いられ、今まで築きあげてきた生活を根こそぎ奪われた現実を持ってしても、日本政府の原発政策は変わらず、日本の原発は止まらないのです。

しかし、資源の無い日本が、さらなる経済発展や利便性を追及すれば、限界にぶつかります。先進国の中でも、経済が成熟し、少子高齢化の最先端を走る日本。日本のみならず、世界は経済至上主義から脱却し、省電力型経済構造と自然エネルギーへの転換に努める時が来たのではないでしょうか。今ここで人類にとってもはや手に負えない科学との共存から脱却しないと、本当に子供達の命が、地球が危ないのです。

欧州では、2050年頃までに自然エネルギーにより全てのエネルギー需要を賄う「自然エネルギー100%シナリオ」が公表されました。福島の原子力事故は不幸な出来事でしたが、「ポスト・フクシマ」として、世界的な脱原発の動きと自然エネルギー市場拡大の礎になれば喜ばしいことです。

そして今、原発事故に恐怖した日本人は、自然エネルギーへの転換を図るのか、再び従来型エネルギーに回帰することを是とするのか、国民一人ひとりの決断が問われています。

米国では、1979年にスリーマイル島原発が事故を起こしてから30年間凍結していた原子力発電所の新規建設を再開しようとしています。

「9.11」により米国の安全神話は崩れました。そして「3.11」では、原子力発電の安全神話を崩壊させ、科学技術の力ではエネルギー問題を解決できないこと、そして成長至上主義の限界を示しました。日米共に、もう欲張るのはやめ、即刻核燃料サイクルから撤退し、省エネ施策を進め、エネルギー利用の効率化と自然エネルギーの推進を中心とした国策の早期実現を、国民の声で可能にしようではありませんか。

もう一度作品を眺めてください。画面中央からやや下方に差し伸べられた女性の腕は国境を越えた地球人としての認識を持ってよりよい世界を共に築きたいという作家の思い、一筋の希望と勇気を象徴しているのです。

どんな形であれ、まずは自分の良心に従って行動を起こしましょう。

2011年8月26日 ニューヨークにて